齋藤憲彦(発明家)の特許や学歴、賠償金や年収、結婚(妻・子供)は?

iPod特許侵害訴訟 アップルから3.3億円を勝ち取った個人発明家

知的財産・特許などは凄く大切です。

大企業は知財関係の専門部署を持っており

特許などについては、個人や中小企業では

太刀打ちできない状況もありますね。

そんな状況ですが、世界最強の企業の一つ

アップルと特許裁判で戦い、日本で唯一、

賠償金を手にした齋藤憲彦さんという

発明家の男性がいます。

8年にも及ぶ裁判の中で裁判費用がかさみ、

極貧状態でも戦い続けた齋藤憲彦さん。

今回はそんな齋藤憲彦さんについて

いろいろと見ていきたいと思います。

齋藤憲彦(さいとうのりひこ)のWiki経歴・プロフィール

  • 名前:齋藤憲彦(さいとうのりひこ)
  • 生年月日:昭和32年1月20日
  • 年齢:62歳
  • 出身:東京都三鷹市
  • 学歴:東海大学海洋学部海洋学科
  • 住居:山梨県富士河口湖町
  • 所属:株式会社齋藤繁建築研究所

日本で唯一、特許裁判でアップルに勝ち

賠償金を手にした発明家の齋藤憲彦さん。

「個人発明家」の方があの巨大企業から

賠償金を取るのは凄いですね。

斎藤憲彦さんが発明に興味を持ったのは

高校生の頃で、専門書を読んだり、

特許にまつわる判例集や法令について

独学で勉強していたんだとか。

弁理士ではなく発明をするために特許を

法的に考えるのはとても賢いですね。

もともと斎藤さんが中学生の頃は

世の中が発明ブームだったこともあり

斎藤さんが発明をしていくことに対して

疑問を感じなかったんでしょうね。

その頃はいわゆる「個人発明家」的な

発明もあり、セロハンテープを使った

便利な毛玉取り等も発明したそうです。

斉藤憲彦(さいとうのりひこ)の学歴や会社は?

齋藤さんは東海大学海洋学部を卒業後、

株式会社富士通SBCに入社しており、

制御ソフト開発、制御用OS・BIOSの

開発に携わっています。

アメリカに半年ほど留学しており、

外資系のOSを作っている

デジタルリサーチジャパンに1983年に入社。

その後「ポセイドンテクニカルシステム」

という制御システムのソフトウェアの

請負の会社で起業されており、スキルと

キャリアをしっかり積み上げました。

ただ、バブル崩壊とともに資金が不足し

社員が抜けてしまうなどして会社は倒産。

国のプロジェクトに関わる依頼が来るなど

技術的には高かったようですが、

バブルという経済災害には勝てませんでした。

その後、経営者・マネジメントの道ではなく

エンジニアとしてアイデアや発明の道に

改めて進み、自分の力で進む決意をして

個人発明家として活動しています。

ちなみにご結婚については特に情報が無く、

奥様(妻)や子供さんの有無については

不明となっています。

齋藤憲彦の発明したクリックホイールがアップル社iPodに使われる?

APPLEのiPodが登場してきたとき、

送りボタンなどがないことはとても新しく

衝撃的だったことを覚えています。

タッチセンサで指一本で簡単に操作できる

あのUIは本当に画期的でした。

斎藤さんは1998年にタッチセンサーや

クイックホイールについての特許申請を

していましたが、iPodで採用され、

斎藤さんはコチラに特許侵害についての

裁判を含む対抗を2007年にはじめました。

もともとこのクリックホイールホイールの着想は

SONYの携帯電話のジョグダイヤルという

回して使う入力装置から来ており、

関係する特許を6つ出願していました。

国内企業にこのアイデアを持ち込んだものの

採用されることはなく、Appleにも売り込み、

交渉までは進んだものの、契約には至らず。

そうした経緯もあり、斎藤さんはアップルに

特許侵害対抗開始を開始したのです。

特許を持っているだけで、大きな収入が

得られることもあり、このあたりの権利は

かなりシビアに運用されますよね。

齋藤憲彦とアップルの特許侵害の訴訟の裁判結果や賠償金は?

続きは次ページへ

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする