脱北者 金革(キムヒョク)の経歴や北朝鮮での生活、両親・家族や人生を書いた本「自由を盗んだ少年」が気になる

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こんにちは、ぽこぱぱです。

北朝鮮の脅威が叫ばれる昨今。

アメリカ追従の圧力がいいんだ、

対話が必要なんだ、とインテリの

人達が色々と話しています。

じゃあ、北朝鮮のことを知っているか、

と言われると難しいところがありますね。

知っていることはメディアを通じてが

殆どで、正しいかも分かりません。

そこで今回は脱北者の男性、金革さんに

ついて取り上げたいと思います。

脱北者として本も出版したキムヒョクさん。

北の実情とはどんな感じでしょうか。

脱北者 金革(キム・ヒョク)のWiki経歴・プロフィール

  • 名前:金革(キム・ヒョク)
  • 生年月日:1982年
  • 年齢:35歳

金革(キム・ヒョク)さんは北朝鮮から

逃れてきた脱北者です。元スパイの父と

化学繊維工場に勤務する母との間に

次男として北朝鮮北部の清津市で

生まれるました。

4歳の時にお母さんを亡くされます。

お父さんは再婚をしますが、継母と

金革さんは折り合いが悪く、お父さんの

体罰や学校の違和感も手伝って、

金革さんはストリートチルドレンに

なり、行きていくこととなりました。

1990年代以降、食糧配給システムが

崩壊した北朝鮮では、親の餓死や

食糧難のために親に捨てられて

ストリートチルドレンとなった子供達を

「コッチェビ」と呼びます。

金革さんは7歳でコッチェビとなり、

他のコッチェビ同様、飢えないために、

「反社会主義的行為」とされる

犯罪行為に手を染めました。

コッチェビの金革(キム・ヒョク)が奇跡の脱北!現在は?

7歳からコッチェビとなった金革さん。

当時北朝鮮では大勢の人たちが次々と

飢え死にし、路上の死体が日常風景と

なっていました。

「今日食べる」ためにありとあらゆる

ことをしたそうです。孤児院や感化院等の

施設もありますが、実際には不良少年が

飢えや体罰で死んでいくだけの場所でした。

16歳の時には知り合いの女性に裏切られ

保衛部に連行され、17歳の時に恩赦で

出所するまで、周りがどんどん死んでいく

地獄のような生活を送ることとなります。

警護員による理不尽な暴力・虐待。

慢性的な飢えで、教化所のネズミやヘビは

ご馳走だでした。衛生面も悪く、

自由もまったくなく、まさにこの世の地獄。

恩赦によって教化所を出ることになった

金革さんは2001年に中国側に脱北。

奇跡の連続により中国に渡ります。

そして中国からモンゴルへの国境越え。

運良く韓国に渡り、現在は大学院で

北朝鮮の社会構造の研究をしています。

北朝鮮でのコッチェビとしての暮らし、

孤児院の惨状、安全部での拷問や

生き地獄のような教化所での生活。

それらは全て金革さんが出版された

「自由を盗んだ少年」に描かれています。

詳細は避けますが、かなり衝撃的で、

金革さんが生き延びて脱北できたことが

軌跡中の奇跡だと思いました。

まとめ

金革さんの本の中には飢えで大量の人が

死んでいく姿が描かれていました。

200万人以上が餓死したとされる90年代。

苦難の行軍といわれましたが、その飢えは

今もなお続いているとのことです。

金革さんの本は日本の一般市民が

テレビメディアを通して知る情報とは

かなりかけ離れていますが、

これも北朝鮮の現実の一つとして、

非常に興味深い内容でした。

ちなみにキム・ヒョクさんの実話を元に

作られたクレイアニメ「パープルマン」

というものがあり、キム・ヒョクさんが

ナレーションと、自分自身の声を担当しています。

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