梅津正彦(しずちゃんのトレーナー)の経歴や死因のメラノーマ皮膚ガンとは?【仰天ニュース】

こんにちは、ぽこぱぱです。

お笑いコンビではどのコンビが好きですか?

思い描いた殆どのコンビがきっと男性の

コンビだったと思います。

女性同士のコンビって少ないですよね。

さらに男女コンビだと減ります。

そんな中で近年の先駆けといったら

南海キャンディーズではないでしょうか。

戦略家の山ちゃんが「男女コンビ枠」を

求めてコンビを組むに至ったとか。

今回取り上げるのはその南海キャンディーズの

しずちゃんがボクシングに取り組んでいた時の

トレーナーの梅津正彦(うめづまさひこ)さん

です。若くして亡くなってしまった梅津さん。

一体どんな方だったのでしょうか。

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梅津正彦(うめづまさひこ)の経歴・プロフィール

  • 名前:梅津正彦(うめつ まさひこ)
  • 生年月日:1968年12月13日
  • 没年:2013年7月23日
  • 没年齢:44歳
  • 出身:山形県酒田市
  • 学歴:山形県立酒田東高等学校
  • 職業:ボクシングコーチ アクションディレクター

南海キャンディーズのしずちゃんの

トレーナーとして有名になった梅津さん。

ご自身は高校の頃にボクシングを始め

られたそうです。

オリンピック出場を夢見てトレーニングを

行っていましたが怪我により断念。

梅津さんはその怪我が元でボクシングを

やめてしまいました。

引退後は映画監督を目指し、数々の作品の

助監督やボクシングの経験も活かして

アクションディレクターとしても活躍

されました。山Pの実写版「あしたのジョー」

でも指導をしていたとか。

2008年にしずちゃん主演の「乙女のパンチ」

でも指導を行っていたのですが、その時に

しずちゃんの身体能力の高さや才能に惚れ込み、

女子ボクサーにならないかと口説いたそうです。

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トレーナー梅津正彦とボクサー山崎静代

当時ボクササイズをやっていたしずちゃん

でしたが、本格的に女子ボクシングを始め

2009年の2月にはC級ライセンスを取得。

2012年のロンドンオリンピックを目指して

梅津トレーナーと2人3脚で練習をします。

女子ヘビー級という、日本にはほぼ選手のいない

階級では練習相手が不足し、スパー不足も

あってか初出場の大会では初戦敗退でした。

ミドル級まで下げ、全日本女子選手権に挑み、

今度は優勝します。

その後オリンピック選考の大会として

2012年世界女子ボクシング選手権大会に

挑むも3回戦で敗退。他の選手達の成績の

兼ね合いもありオリンピック出場を逃します。

そんなオリンピックを目指している最中、

梅津さんは体調の優れない日が続きます。

検査を受けて悪性の皮膚がんと診断され

ましたが、しずちゃんの指導のため手術を

延期して指導しました。

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梅津正彦の死因の悪性皮膚がんメラノーマとは

梅津さんが患っていた病気はメラノーマと

言われる悪性腫瘍(ガン)で、皮膚や眼底内、

口腔内に出来るメラニン細胞がガン化するもの

です。ホクロのガンとも言われます。

特徴は以下のようになっています。

  • 腫瘍の形が歪である
  • 皮膚と腫瘍の境界が不明瞭
  • 腫瘍の色が均一ではない
  • 腫瘍の長径が6mm以上

治療は主に外科的手術による摘出で、

抗癌剤治療や放射線治療も行います。

梅津さんも2012年に2度手術を受けて

いますが肺に転移が確認されました。

発生率は10万人に3人くらいと言われ、

けして高くありませんが、比較的初期から

転移しやすいのが特徴です。黒っぽい出来物

や不規則な形のシミが治らない場合は

皮膚科に相談しましょう。

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梅津正彦のガンとの闘病

梅津さんがメラノーマと診断された時

「放って置いたら余命は1年」と言われた

そうです。手術を受ける必要がありましたが

梅津さんはしずちゃんの勇姿を見るために

手術を延期します。

この頃は梅津さんは敦子さんというテレビ

ディレクターと結婚をしており、小さな

子どももいたそうですが、ボクシングを

優先したそうです。

梅津さんのガンは全身に転移し、ついには

リンパ節にまで回りました。2013年7月7日、

公演を行っていましたがその3日後に容態が

急変。緊急入院となります。

そして7月22日、しづちゃんが病院に

駆けつけると「遅かったな」といいながら

待ってくれていました。そして、二人は

最後の会話を交わします。

「抱っこして」

と梅津さんが言い、しずちゃんが体を

抱えても梅津さんには起き上がる力は

ありませんでした。その後、梅津さんは

意識を失い、23日の午前1時に帰らぬ人と

なりました。44歳という若さでした。

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梅津さん亡き後のしずちゃん ボクシング引退の経緯や理由は?

梅津さんがなくなった後もしずちゃんは

ボクシングを続けました。「これからは

1人でやっていく」という意気込みだった

そうです。

リオオリンピックを目指すも、練習相手

不足もあり、2014年世界女子ボクシング

選手権大会では1回戦で敗退。

膝の故障などもあり、2015年に

引退を発表します。

理由は「体力の限界」

心と体がついていかなかったそうです。

引退時のしずちゃんの年齢は36歳。

ハードワークに耐えるには年齢的に

厳しく、それを支える梅津さんという

存在がいなかったのも大きかったのでは

ないでしょうか。

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しずちゃん(山崎静代)の経歴・プロフィール

  • 名前:山崎静代(やまさきしずよ)
  • ニックネーム:しずちゃん
  • 生年月日:1979年2月4日
  • 年齢:38歳
  • 身長:182cm
  • 体重:79kg
  • 血液型:A型
  • 出身:京都府福知山市
  • 学歴:聖和大学短期大学部(現・学校法人関西学院・聖和短期大学)
  • コンビ:南海キャンディーズ
  • 相方:山里亮太
  • 芸風:ボケ

南海キャンディーズのボケ担当のしずちゃん。

お名前は山崎静代(やまさきしずよ)さんです。

相方はバラエティーでおなじみの山ちゃんこと

山里亮太さんです。

高校はナインティナインの出身校でもある

大阪府立茨木西高校で、女子サッカー部に

所属しており、スポーツ少女だったようです。

聖和短大時代に初めてお笑いコンビ

「西中サーキット」を結成。

オーディションを受けて吉本入りした後は

2002年にABCお笑い新人グランプリの審査員

特別賞を受賞するも、相方の前野さんの

引退により2003年に解散しました。

その後、2003年に現相方の山里亮太さんと

「南海キャンディーズ」を結成しました。

2004年のM-1グランプリ準優勝でブレイク。

2006年には本格的に女優デビューを果たし、

2009年からは女子ボクシングを本格的に

始め、オリンピックを目指しましたが

現在は引退して芸能活動を主としています。

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まとめ

南海キャンディーズのしずちゃんのトレーナー

梅津正彦さんいついて色々と見てきました。

メラノーマという皮膚がんに侵されながらも

教え子の試合のために手術を遅らせるなど、

人情に厚い人だったことが伺えます。

梅津さんとの出会いや、トレーニングをした

日々はしずちゃんにとって本当にかけがえの

ないものになっているでしょうね。

なお、6月13日放送の「世界仰天ニュース」で

そのあたりのことが語られるそうなので、

こちらにも注目したいです。

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