田中みずき(銭湯ペンキ絵師)の経歴や師匠、結婚や作品について【Wiki】

こんにちは、ぽこぱぱです。

最近銭湯には行きますか?

若い人になると銭湯に行ったことがない、なんていう人もいると思いますが銭湯の定番といったらなんでしょうか?

コーヒー牛乳?いいですね。風呂上がり限定でしか飲まないけど美味しいです。

今回紹介するのはそのコーヒー牛乳、ではなくて銭湯につきものの大きな富士山のペンキ絵、そのペンキ絵を描く絵師の田中みずきさんです。

今や全国に3名しかいなくなってしまったというペンキ絵師。

その3人目、唯一の若手として伝統を将来につなげる役割を担う女性です。

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田中みずきのプロフィール

名前:田中 みずき(たなか みずき)

出身:大阪生まれの東京育ち

生年:1983年

学歴:明治学院大学で美術史を専攻

田中さんは大学で近代美術史を学ぶ中、銭湯のペンキ絵に魅せられ、21歳の時に銭湯絵師・中島盛夫さんに弟子入りを志願。

8年の修業を経て、2013年に独立を果たした日本で唯一の女性銭湯絵師です。

銭湯をはじめ、個人宅、店舗や介護施設など全国各地のさまざまな場所でペンキ絵を制作。銭湯の魅力を伝える活動にも力を入れています。

ブログ「銭湯ペンキ絵師見習い日記」を逐次更新中です。

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ペンキ絵師を目指した理由

田中さんが大学3年生の時に卒業論文テーマに迷っていた時に、好きだった現代アーティストが銭湯をモチーフにした作品を発表されていたそうです。

彼らが銭湯に注目しているのであれば、銭湯に行ったら、もしかしたら何かみつかるかもしれない。そう思い、人生で初めて銭湯へ訪れてみたそうです。

大きな湯船に浸かってペンキ絵を眺めていたら、まるで自分が絵の世界の中に入って行くような錯覚を感じたそうです。

それをきっかけに、ペンキ絵師について調べたところ、ペンキ絵師が減ってきていることを知り、この文化を絶やしたくないという思いで銭湯のペンキ絵師を目指したそうです。

その後、銭湯絵師の中島盛夫さんの制作現場に訪れて、弟子入りを志願されました。

師匠の中島盛夫さんとは

1945年福島県相馬郡飯舘村出身。1964年に上京して間もなく、背景画師の故・丸山喜久男氏に師事。初めてローラー使いを考案し、背景画制作の時間短縮に貢献。銭湯の減少にともない背景画師が減る中、日本を代表する背景画師の一人として幅広いフィールドで活躍中。

現在残る3人のペンキ絵師のお一人です。

70歳を超えながらも今も現役でペンキ絵を描き続けています。

ペンキ絵の作品をモチーフにしたTシャツなども販売していたり。。。

限定1枚のTシャツのお値段は10万円!でもカッコイイです!

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田中みずきの作品

少しだけですが、田中さんの作品を載せておきます。

こちらは富士山の絵ですね。何気に描いてあるキャラがカワイイのです。

こちらはアウディの広告です。依頼側も粋な注文ですね。

ペンキ絵師の作業は体力と気力、そしてスピードが命です。

というのも銭湯がお休みの1日で仕上げなければいけないので。

現在ある絵のペンキの剥げた部分を削り取るところから始まり、空、雲、前景、遠景、富士山と、バランスを見ながら刷毛を重ねて仕上げていく。

細かさと大胆さ、集中力、そして体力が必要な仕事です。

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田中みずきさんのパートナー

田中さんは独立した2013年に、便利屋を営む駒村佳和さんと結婚されました。

現場では、駒村さんに足場を組んでもらうなど2人で協力して仕事をしています。

素敵ですね、公私にわたって支えあう夫婦。

夫婦喧嘩したらピリピリした現場になるのでしょうか(笑)

まとめ

全国に3名しかいなくなってしまったというペンキ絵師。

その3人目、唯一の若手として伝統を将来につなげる役割を担う田中みずきさんについてまとめてみましたがいかがでしたでしょうか。

銭湯もペンキ絵師も減り続けてはいますが、絶やしたくない大切な文化です。

たまには銭湯に行って富士山を拝みながらのひとっ風呂はいかがでしょうか。

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