ステファニー・ウォルシュ(ポール)「性同一性障害」で家族を捨てて少女になった人物

こんにちは、ぽこぱぱです。

LGBTという言葉が大分定着しましたね。

日本でも同性カップルに結婚に準じる関係を証明するものとして「パートナーシップ証明書」

というものが交付される自治体もあります。

今回はLGBTのT、トンスジェンダー(出生時に診断された性と、自認する性の不一致)のため

家族を捨てて少女になった人物「ステファニー・ウォルシュ」旧名:ポール)について

Wiki風にまとめていきます。

なお、この方は2月8日の世界仰天ニュースで取り上げられる予定です。

番組では8歳とありますが、現在彼女は6歳の少女として暮らしています。

ステファニー・ウォルシュとは?

ステファニー・ウォルシュはポール(Paul)という名前で、

厳しいカトリックの家庭で生まれ育ちました。

ローマ・カトリック教会では同性愛は認められておらず、

ポールは自分の本当の性に気づかないまま高校を卒業。

整備士として職につき、妻マリア(Maria)と7人の子供にも恵まれました。

一番右がステファニー(当時はポール)

女性性への目覚め

6歳のとき、学校のイベントで女子が新しいドレスを着ているのを見て嫉妬していました。

この時既に他の男子とは違うことをステファニーは自分で気づいていました。

突然大人になってから性同一障害になったのではなく、それを自覚しながらも

周囲の「普通」に合わせていたのではないでしょうか。女性服を好んだそうです。

結婚後、妻のマリアもステファニーの女性服への愛情には驚きましたが、

受け入れてくれたとのことです。

右が元妻のマリアさん

本当の性になると決心・行動

どうしても女性として生きたかったポールは、性同一性障害を告白しましたが、

家族には受け入れられませんでした

そして2009年に家族を捨てて新たな地であるトロントに移り住むことにしました。

ありのままで生きることの困難さ、自殺未遂

トロントに移り、2009年にはホルモン療法も開始、

女性として暮らし始めたステファニーでしたが、ありのままの性で生きていくことは

とても困難でした。この時期にステファニーは自殺未遂まで起こしています。

ステフォンニーは周囲の偏見を浴び、仕事を失い、ホームレスとなってしまいました。

2012年、彼女の娘アマンダは彼女を結婚式に招待しましたが、

男性のように服を着せ、教会の背中に座って、家族の一員には触れないという条件で、

彼女を結婚式に招待しました。その日、ステファニーは再度自殺未遂を行いました。

ステファニーの現在

紆余曲折を経ましたが、トランスジェンダーを支援する団体の支援もあり、

養子としての引きられ、6歳の女の子としての生活を送っています

名前も養子になってからポールからステファニーに改名をしました。

当初は8歳の少女として暮らしていましたが、義両親の孫娘が7歳のときに

「妹になって欲しい」といったため、現在は6歳の少女として暮らしています。

少女としての暮らしはプレイセラピー

ステファニーは自殺衝動や鬱を抑える目的もあって少女として遊んでいるそうです。

プレイセラピーといって、投薬を用いない精神療法です。

まとめ

性同一性障害を自覚し、ありのままの姓で生きるために家族を捨てたと言われる

「ステファニー・ウォルシュ」についてまとめました。

性同一性障害を抱えながらの生活は想像出来ないほどの葛藤とストレスだったことでしょう。

また、ありのままで生きようにも周囲の目や家族の思いなどもあり、

カミングアウトしたからと言ってスッキリと新たな人生とはいかなかったようです。

性的マイノリティは現在も認知が進んできていますが、

それを身近な人間が抱えていたときに自分はどうするのか考えさせられました。

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