サルーブライアリー(インド)と母カムラの再会!家族の現在や今後は?映画化タイトルは?【画像あり】

こんにちは、ぽこぱぱです。

「母をたずねて三千里」

最近の若い方には馴染みのないタイトル

でしょうね。私もあまり馴染みはないです。

確か出稼ぎにいたお母さんを探しに

少年が山あり谷ありの旅をしてたような。

さて、今回取り上げるのは現代的な

母をたずねて三千里的なエピソードです。

幼いころに家族と離れ離れになった

インドの少年サルーが大人になってから

インターネットを駆使して自らのルーツを

見つけ出していく。その中にはどんな

出会いや奇跡が有ったのでしょうか。

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サルー・ブライアリーの経歴・家を離れ孤児になった経緯

  • 名前:サルー・ブライアリー(Saroo Brierley)
  • 本名(幼名):Saroo Munshi Khan
  • 出身:インド
  • 在住:オーストラリア

サルー少年はインド西部の炭鉱に近い田舎町の

カンドワで生まれました。父親は蒸発していまい、

母カムラさんと兄弟3人と暮らしていました。

サルーの兄グドゥは、「ベランプール」という

駅の近くで夜間の力仕事をしていました。

サルーも時々手伝っていたそうです。

1986年のある日、グドゥと一緒に仕事に向かった

サルーは疲れて途中で寝てしまい、グドゥは

サルーを駅のベンチに寝かせて仕事に行きました。

夜中目を覚ましたサルーは、グドゥを探し、

駅に停まった電車の中を探しますが、そこでも

疲れて寝てしまいました。

再びサルーが起きると電車は移動中でした。

乗り込んだのは回送電車だったのです。

サルーがたどり着いたのは故郷から

1600キロも離れたインド西部の都市の

カルカッタでした。

通行人に故郷の「ガネストレイはどこ?」と

聞きますが、インド西部のベンガル語は

分からず相手にされませんでした。

サルーは仕方なく、他にも周りにいた

ホームレス孤児の仲間入りをしました。

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サルーが孤児院に行き、養子になるまで

その後サルーは優しく声をかけてくれた

女性宅で食事などを与えてもらいましたが、

その女性は人身売買目的でサルーを保護した

のでした。直感的に危険を感じたサルーは脱走。

再びストリートチルドレンに戻ります。

ある日、サルーはレストラン前にいた所

男性に保護され、孤児院に入ることになります。

孤児院は刑務所のように厳しく、

問題児には体罰で制圧していました。

翌年ミセス・スードという慈善団体の

支援者の協力もあり、サルーは

オーストラリアのブライアリー夫妻の下に

養子として行くことになりました。

ブライアリ-夫婦の家族に仲間入りした

サルーはすぐに彼らの生活に慣れて

本当の子供のように過ごしていきます。

2年後にはマントシュという孤児が

養子に迎えられ、サルーに弟が出来ました。

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サルーが自分のGoogleEarthでルーツを辿る

タスマニアでの生活が20年たった2010年、

24歳になったサルーはすっかり現地の人間に

なっており、ヒンディー語も忘れていました。

大学に進学し、「リア充」になっていました。

そんな大学でのインドの留学生との出会いが

サルーの故郷に対する思いに火をつけます。

また、兄グドゥと生き別れる前にせがんだ

「ジャレビ」というお菓子を見た時、サルーの

記憶は衝撃とともに戻ってきました。

友人のアドバイスでGoogleEarthを使っての

故郷探しが始まります。僅かに覚えている

「ガネストレイ」という地名、移動した距離

などを計算しながら検索を続けましたが

探索は困難を極めます。

「東京から2時間位の川のある町」

という情報から特定の町を見つけようと

思ったらとてつもなく難しいですよね。

サルーは大学卒業後も就職せず、

一日中探索に没頭し続けました。

そして2011年のある時、遂にインド西部で

昔グドゥといった鉱山に似ているこ場所を

発見します。その鉱山の最寄り駅の名前は

「ガネッシュ・タライ」駅。サルーが覚えていた

「ガネストレイ」と似ていますよね。

とうとうサルーは自分のルーツを見つけたのです。

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サルーと母カムラの再会

その後はFacebookなどのSNSも使い、

ガンドワの支援者の協力もあり、2012年に

サルーは故郷のガンドワを訪れます。

実家にたどり着くも、空き家のようになっており、

家族は亡くなったのでは?と絶望もよぎりました。

ですがその後、中から女性がでてきて、

サルーをお母さんのもとに連れて行きます。

サルーと母カムラはようやく再会を果たします。

言葉は分からなくても、ひと目でお互いが

母であり息子であることを理解しました。

カムラは、いつかサルーが戻ってくると信じて

家の近くを離れようとしなかったそうです。

その後兄カルゥや妹シェキラとも再会しましたが、

もう一人の兄グドゥは、サルーと生き別れた日に

電車にはねられて亡くなっていました。

その後、サルーと母のカムラ、育ての母の

スー・ブライアリ-は改めて再会し、

その軌跡を喜ぶとともに、カムラは

スーに感謝しました。

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サルーの再会劇が映画化「LION ライオン 25年目のただいま」

この軌跡の再会を世界中のメディアは

驚きと感動を持って伝えました。

サルーは「25年目のただいま」という

自伝を執筆。ハリウッドの映画会社の

ワインスタイン・カンパニー映画化権を

1200万ドル(約14億円)で購入しました。

「LION ライオン 25年目のただいま」と

タイトリングされ映画化された作品は、

多くの感動を呼び、口コミも上々。

アカデミー賞では合計6部門でノミネートされ、

養母役にニコール・キッドマンが

抜擢されるなど話題もありました。

ちなみにライオンとはサルーに関係する

のですが、ネタバレになるのでこれ以上は

割愛させてもらいます。

ちなみにこの映画は4月7日から

全国で上映されています。

お近くで上映されていましたら、

見に行ってみてはいかがでしょうか?

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サルーの現在は?

サルーは現在、自身の経験などの講演活動や

映画のプロモーション活動を行っています。

孤児の養子などに尽力したいという

思いもあるようで、彼の恩人のミス・スードの

活動を広める活動もしたいとか。

サルーはインドに戻るつもりはないそうです。

言葉も文化も違うところで育ってきたので

それはそうなるでしょうね。

年に何度か帰っているようで、毎月お金も

送金しているようです。

まとめ

サルーによる現代の母をたずねて三千里。

幸運にも温かい家庭の養子となり、

執念にも近い熱意とITテクノロジーで

故郷を見つけ出しました。

家族との絆や子供を信じる親の愛、養子を

引き取り育てる家族愛、ルーツを知る大切さ、

様々な要素を含んだエピソードだと思います。

ただ、インドでは毎年何万人もの子供達が

行方不明になっているそうです。

サルーも孤児院に入る前に売られていたら

今頃どうなっていたことか。

サルーの恩人ミス・スードは慈善団体を作り、

40年以上に渡り多くのインド人の養子縁組を

斡旋してきました。

ストリートチルドレンを作らないようにするのが

先決ですが、状況は待ってくれません。

このような命を助ける取り組みも大切ですね。

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