ヘルト・ウィルダースの自由党(PVV)はオランダの極右政党。EUの運命を占うオランダ総選挙【Wiki】

こんにちは、ぽこぱぱです。

オランダで総選挙が行われています。大注目ですね。

オランダでの選挙結果は、今年のフランスやドイツでの選挙の行方にも影響します。

リベラルな国として世界中に認識されてきたオランダ、

そのオランダの国民はどのような選択をするのでしょうか。

そのオランダで第一党を狙う自由党(PVV)について調べてみました。

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自由党(PVV)とは

自由党(Partij voor de Vrijheid、略称: PVV)は、オランダの極右政党です。

党首は下院議員のヘルト・ウィルダース。

イスラム移民の排斥を掲げ、トルコの欧州連合加盟に反対し、国際自由同盟や自由のための欧州同盟を結成しています。

結成は2006年。総選挙で9議席を獲得しました。

2009年には欧州議会選挙でオランダに配分された25議席のうち4議席を獲得して、第2党となりました。

2010年に行われた下院選挙では、公約に反イスラムな政策を展開。

  • イスラーム諸国からの移民受け入れ停止
  • コーランの発禁処分
  • スカーフを被っている人物に課税

ムスリム移民に警戒心を抱くオランダ有権者の支持を集めました。

定数150議席のうち24議席にまで党勢を拡大し第3党に躍進。

閣外協力という形ながら自由民主国民党のマルク・ルッテ政権入りしています。

排他主義というものは劇薬です。扱いを間違えれば欧州を麻痺させてしまいます。

それを使いこなせる政党であるかはまだ不透明です。

ヘルト・ウィルダースとは

ヘルト・ウィルダース(Geert Wilders )は、自由党の初代党首で第二院(下院)議員です。

1963年9月6日生まれの53歳。「オランダのトランプ」としばしば称されることもあります。

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ヘルト・ウィルダースの経歴

  • 1963年、印刷会社に勤務する父と母の間にフェンローで生まれる。
  • オランダ・オープン大学で法学を学び、卒業。
  • 1997年に自由民主国民党の議員としてユトレヒトの市議会議員となり、政治キャリアをスタート。
  • 1998年に自由民主国民党から出馬し、国会議員に初当選。
  • 2006年に自由党を結党。党首となる。
  • 2008年に反イスラムの短編映画を製作、物議を醸す。
  • 2014年、地方選挙の演説で「モロッコ人が増えるのと減るのとどっちがいいか」と発言し、差別的発言であるとしてオランダ検察当局に起訴される。

ヘルト・ウィルダースの政治方針

欧州懐疑主義者である。一般には右翼・極右とみなされている。

また、ウィルダースは強硬な反イスラム主義者である。

モスクとマドラサの閉鎖、新規建設禁止、急進的ムスリムの国外追放などを主張している。

ウィルダース党首は、唯一の正式党員である。

彼に意を唱える党員は除名され、忠誠心の厚い少数の側近に相談するだけで、同党首は、すべてをひとりで決定する。

トランプ大統領同様、Twitterを使って発信をしているが、多数のツイートではなく、数を絞ったつぶやきを発信し、メディアに取り上げられている。

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オランダ総選挙の行方は?

本記事執筆時点では結果は出ていないが、ルッテ首相率いる中道右派の与党・自由民主党(VVD)がやや優勢のようです。

自由党(PVV)はそれを追っており、第1党の座を奪えるかが焦点となります。

ただ、トランプ大統領の就任後も変わらぬ姿勢がポピュリズム政治に対する嫌悪感や飽きをもたらしている可能性もあります。

有権者の投票意向調査会社I&Oリサーチによるとオランダ第二院選挙で自由党(PVV)はわずか15議席しか取れない見込みとのこと。

実際この選挙は冒頭でも書きましたがフランスやドイツでの選挙の行方にも影響しますのでどうなるか注目です。

まとめ

自国ファーストを掲げるポピュリズム政治が台頭している中でのオランダの総選挙。

極右・自由党(PVV)はどれくらいの議席を取れるのでしょうか。

個人的には自国の国益優先が間違っているとは思いませんが、ヨーロッパでの混乱は避けて欲しいので、まだ保守的にあってもいいのではと思います。

アメリカと違ってヨーロッパは劇的な変化よりもゆっくり変化して欲しいと思っています。

EU結成だけでも大きな変化でしたが、結成から1世紀も経たずにぼろぼろになってしまっては勿体無いですし。

いずれにせよヨーロッパの麻痺は日本にも影響するので、結果はどうあれ世界は冷静に結果を受け止めてほしいと思います。

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