西見一郎死去。死因やお別れ会は?ルーズヴェルトゲームのモデル鷺宮製作所【Wiki】

訃報です。

鷺宮製作所野球部創部時から総監督を務めた

西見一郎さんが3月6日に死去されました。

1958年の創部以来総監督として

指揮を執るなどチームを支えました。

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西見一郎とは

西見一郎さんは父の西見茂さんが設立した

ベローズ研究所に入社。

鷺宮製作所の2代目として引き継ぎました。

本格的な野球の経験はありませんが、

野球が好きで1958年に硬式野球部を発足。

「野球がむちゃくちゃ好き。

どうしたら勝ちにつながるか、

いろいろ考えている」

と語っています。また、

「野球部の目的は人材育成。

人づくりなくして会社はない」

が持論。

応援団や楽隊、球場での案内役など、

多くの従業員が野球に関わる。

ともに喜び、泣いて味わう一体感は、

社業の力になる

と、野球を通じての人間形成、

会社形成も謳われていました。

ベンチに陣取る背番号77は、

社会人野球ファンにはおなじみのもの。

不況によって多くの野球部が廃部になっていく中、

野球部を存続させてきました。

その功績が認められ、2014年には

社会人の都市対抗野球大会で

特別表彰されています。

ルーズヴェルト・ゲームのモデルにも

鷺宮製作所野球部は

小説「ルーズヴェルト・ゲーム」の

モデルにもなっています。

唐沢寿明さん主演でドラマにもなりましたね。

鷺宮製作所は「青島製作所」、

西見さんは「青島毅」となって

描かれていました。

ドラマでは長打率の定義の間違いも

話題になりましたね。

あの時長打率の正しい定義を覚えました。

長打率:打数が記録される打席において打者が打撃によって獲得できる1打数あたりの塁打数の期待値(平均値)を表す指標である

引用:Wikipedia

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死因は?

西見さんの死因については今のところ

明らかにされていません。

お年もお年ですので大往生と

言えるでしょう。

お別れ会は?

葬儀は近親者で営まれました。

お別れの会以下の日時・場所です。

日時

27日午後1時

場所

住友不動産新宿ガーデンタワー「ベルサール高田馬場」

(東京都新宿区大久保3の8の2)

鷺宮製作所野球部の今後は?

会社は西見一郎さんが社長退任されてからは

息子の西見雄一郎さんが社長を務めています。

野球部についても存続させていますが、

最近は都市対抗野球には出ていません。

今後の野球部がどうなるかは不明ですが

また都市対抗野球に出てきてほしいものですね。

まとめ

鷺宮製作所野球部の元総監督

西見一郎さんの訃報を受け

西見さんについてまとめてみました。

野球を愛し、野球を通じての

人間形成や企業風土づくりに

熱心に取り組まれた西見さん。

社会人野球への貢献は偉大なものでした。

ご冥福を心よりお祈り申し上げます。

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