クルト厳蔵(くるとげんぞう)の経歴や本名、スイス人が高野山僧侶になるきっかけ(理由)は妻?

こんにちは、ぽこぱぱです。

海外に行き、その土地の文化に魅了されて

移住してしまう人っていますよね。

魅了された土地で仕事につき、根を張り、

生活していく。なかなか素敵です。

海外から来た人の中にも日本のなにかに

触れて、その魅力に引き寄せられるように

住んでしまうような人もいますよね。

私の友人のフランス人もそんな感じです。

さて、今回取り上げるのは高野山のスイス人

僧侶のクルト厳蔵(くるとげんぞう)さんです。

ヨーロッパ出身の彼がなぜ僧侶になったのか

その経緯などを見ていきたいと思います。

スポンサードリンク

クルト厳蔵(くるとげんぞう)の経歴・プロフィール

出典:http://www.wajuku.jp

  • 名前:クルト厳蔵
  • 本名:クルト・キュブリ
  • 出身:スイス チューリッヒ
  • 国籍:スイス
  • 職歴:銀行員、ビジネスマン、アーティスト、写真家

スイス出身の僧侶のクルト厳蔵さん。

本名はクルト・キュブリといいます。

イタリアの美術大学を卒業後、アーティスト

として活動していました。

日本に来るまではクルトさんは様々な

お仕事を経験されています。銀行員、

ビジネスマン、現代美術アーティスト、

写真家、ワイン製造所、など経験豊富な

方のようです。

その後、クルトさんは仏教に興味を持ち、

日本に来られます。1997年には47歳で

仏門に足を踏み入れました。

現在は高野山のある無量光院で僧侶の

一人として生活をしています。

なんでもスイスにいた時よりも心が

安らぐんだそうです。

スポンサードリンク

クルト源蔵の今現在の高野山での生活は?

高野山で僧侶として生活するクルトさん、

現在は主に外国人観光客の案内などをし、

高野山の主要寺院を紹介する本の出版の

準備をしたりしているんだとか。

クルトさんは英語、スイス、ドイツ語、

日本語などマルチリンガルなので、外国人

観光客の案内や3ヶ国語で出版される書籍の

準備をするのには適役というわけです。

国際親善大使に、という声も何度かかかって

いるそうですが、クルトさんは断り続けて

いるんだとか。謙虚に「そんな肩書は

要らない。クレージー坊主で十分」と語ります。

町の一番の有名人というクルトさん。

彼は僧侶として孤高の隠遁生活を義務付け

られていません。お酒も飲みますし、

ご結婚もされています。お気に入りのバーで

熱燗を飲む姿も珍しくないんだとか。

スポンサードリンク

クルトキュブリ厳蔵の結婚した嫁の光子さんとは?

クルトさんは日本人の光子さんという

日本の女性と結婚しております。

光子さんは7歳年上の姉さん女房で、

もともとクルトさんが仏門に入ったのも

光子さんのツテからでした。

奥様とは途上国の教育分野にも興味を持ち

貢献をしています。ラオスのルアンパバーンに

校舎を立てるために資金援助を呼びかけ、

実際に校舎2棟と新築、古い校舎を改修し

コンピュータ室にしました。

クルト厳蔵高野山とは?

和歌山にある新語温州の総本山として

1200年前に開かれました。クルトさんは

このまちでは1番の有名人、無量光院に

住んでいます。住職の次に古株なんですよ。

無量光院では観光客の宿泊も受け付けており

精進料理も食べられます。

クルトさんに会いに行き、お説きを伺うのも

いいですし、参拝するだけでも心が洗われると

思いますよ。

住所:和歌山県伊都軍高野町高野山132

スポンサードリンク

まとめ

スイス人お僧侶、クルト厳蔵さんについて

色々と見てきました。

クルトさんは本名はクルト・キュブリさんと

いい、30年も前に日本に来ていました。

47歳のときに仏門に入り、今は高野山の

無量光院にいらっしゃいます。

外国人観光客の案内や高野山の寺院を紹介

する書籍の執筆なども行っています。

説教などもされているようなので、

興味がある方hお説きに参加してみては

いかがでしょうか。

ちなみにクルトさんはテレビなどにも

出演しており、6月24日放送の「世界一

受けたい授業」にも出演されるとか。

こちらも楽しみにしたいですね。

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする