マッスル北村(ボディビルダー)の死因は餓死?結婚して子供もいた?

こんにちは、ぽこぱぱです。

マッスル北村さんという方をご存知ですか?

今から16年以上前。過度な減量により、

39歳という若さで命を落とした芸能人兼ボディビルダーです。

当時はその端正なマスクと柔和な語り口に反し、驚異的に鍛え上げた肉体で

世間の注目を浴び、タレントとしても人気を博しました。

マッスル北村のプロフィール

マッスル北村
生誕 1960年10月6日
死没 (2000-08-03) 2000年8月3日(満39歳没)
出身校 東京学芸大学附属大泉小学校卒業
東京学芸大学附属大泉中学校卒業
東京学芸大学教育学部附属高等学校卒業
東京大学理科II類中退
東京医科歯科大学医学部中退
職業 ボディビルダー
タレント

「人は何の為に生まれてきたのか。僕はまだ何をすべきかはわからないけど、

生まれてきたからには、自分が見つけた目標に限界まで挑みたい」

という観念を持っており、その観念は成長するにつれて強くなっていったといいます。

様々な分野にチャレンジし、常規を逸しているとも言える努力量で真剣に取り組み、

それに伴い、数多くの挫折も経験しています。

競輪選手やボクサーを目指したこともありましたが途中で断念。

そんな中、ボディビルディングと出会いました。

ボディビルディングに没頭!驚異の生活開始!

ボディビルディングを始めた当時、北村さんは他の出場選手に比べればヒョロヒョロ。

とても惨めな思いをしましたが、しばらくしてそれは怒りに変わりました。

そして「筋肉を大きくする為ならば何でもやった」と言えるほどの行動を行います。

トレーニングはもちろん、家族と一緒にとる「普通の食事」以外に、

  • 卵を20-30個
  • 牛乳を2-3リットル
  • 鯖の缶詰を3缶
  • プロテインの粉末300g

を毎日摂取しました。

その結果、ボディビルを始めて僅か10か月で40kgの体重増加に成功し、

わずか1年程で96kgまで増量、2年後の関東学生選手権を圧倒的実力で優勝しました。

どう考えても内臓に負担がかかりすぎると思いますが、

そんなことよりもキレた肉体を作りたかったんですね。。。

過酷なトレーニング

高重量のダンベルで過酷なトレーニングに挑んだ結果、筋肉を断裂したこともあります。

ボディビルにおいては筋肉を目立たせるため、試合前の段階では

皮下脂肪を減らすための減量を行うのが一般的とされていますが、

その減量をかなり過激な方法で行ったため、身体中の電解質が不足したり、

低血糖症のために倒れ、救急車で病院に搬送されたことが何度もありました。

1985年アジア選手権前には減量のために100kmマラソンに挑戦。

途中で足の爪がはがれ、シューズの中が血でグショグショになるほど悲惨な有様でしたが、

14kgの減量に成功。アジア選手権、ライトヘビー級のタイトルを手にしました。

過度の減量による急死

2000年8月3日、ボディビルの世界選手権のために20kgの急な減量を行った結果、

異常な低血糖状態となり、急性心不全を引き起こして亡くなりました。享年39。

死亡時の体脂肪率は3%を下回っていたといわれています。

結婚して子供がいた?

出典:かんなり栄輝のブログ

元ジムオーナーさんのブログより

北村さんから「実は赤ちゃんが出来たので、アパートを出なければならなくなった」との話が有りました。今度は埼玉県に行くとの事でした。
それから暫くして、彼から「赤ちゃんが無事に生まれました」との連絡が有ったのでした。
その数日後に私は娘と共にお祝いを持って、彼のもとを訪ねたのでした。そこには産まれて間も無い元気な赤ちゃんと優しいお母さん、そして満面の笑みをたたえ、お父さんとなった北村さんがいたのでした。

それからまたいろいろな事情が有ったのでしょう。北村さんから「彼女と別れた。そして赤ちゃんは、実家で育ててもらう事になった」との連絡が入ったのでした。

というわけで、ご結婚をされてお子様も生まれたそうですが、

離婚されてしまったそうです。今では20代後半~30代になられているのではと思います。

ストイックすぎる北村さんは家庭向きではなかったのでかしょうね。。。

まとめ

ストイックすぎて餓死してしまった伝説のボディビルダー、マッスル北村さんについて

まとめてみましたがいかがでしょうか。

正しい医学的なサポートがあり、それを守っていれば結果は変わったかもしれませんね。

没頭することは悪いことではありませんが、無理のし過ぎはやめましょう。

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