魁皇と稀勢の里の違いは?横綱昇進できなかったのは横綱審議会のルール?因縁は?

こんにちは、ぽこぱぱです。

大相撲3月場所の稀勢の里、本当に

頑張りましたね。怪我を押しての出場の

是非など色々とありましたが、稀勢の里は

今場所の優勝で横綱昇進のケチが

つかなくなったと思います。

今回ご紹介するのはその稀勢の里、

ではなく、「最も横綱に近い日本人力士」

と言われながら、最高位大関で引退した

魁皇(現浅香山親方)です。

稀勢の里が横綱になれて魁皇がなれなかったのは

何故だったのでしょうか?

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魁皇(かいおう・浅香山親方)の経歴・プロフィール

  • 四股名:魁皇 博之(かいおう ひろゆき)
  • 本名:古賀 博之(こが ひろゆき)
  • 生年月日:1972年7月24日
  • 年齢:44歳
  • 出身:福岡県
  • 職業:浅香山部屋親方
  • 最高位:大関

現浅香山部屋親方の魁皇さん、

友綱部屋に所属し力士として活躍しました。

23年間の力士生活の中で最高位は大関、

5回の幕内優勝も経験しています。

ちなみに奥様は元プロレスラー。

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魁皇さんの世代は本当に黄金期で、

貴乃花(貴花田)や若乃花(若花田)、

曙など、3人もの横綱を排出した世代です。

また、下の世代では朝青龍なども出てきて

華と実力に裏付けされた力士がいっぱいでした。

魁皇さんの現役当時は「気は優しくて力持ち」

を絵に描いたような人気力士。

怪我をしていても土俵に上がり続ける姿が、

ファンから支持されていました。

2011年に引退するまで、豪快な相撲で

ファンに愛されていました。

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初の優勝!魁皇が大関昇進

若貴兄弟や曙のような異常なほどの昇進とは

行かないものの、魁皇さんは持ち前の体格と腕力で

スピード出世を果たし、1993年に20歳で初入幕を

果たし、有望株として注目を集めました。

その後は横綱曙から金星を、若乃花や武蔵丸から

銀星を上げるなどして三賞を獲得したりと

活躍しましたが、同時に怪我も経験。1997年の

貴ノ浪戦での怪我では3場所もの休場となりました。

2000年にはついに念願の幕内優勝を果たし、

その後大関昇進。この年はキャリアハイと

言ってもいいほどに勝ち星を上げました。

その豪快な相撲で5度の優勝を経験。

綱取りの筆頭候補の時期もありました。

通算最多勝・魁皇 綱取りならず

2004年には全場所で二桁勝利と5度目の優勝。

4度目の綱取りとなる11月場所では綱取りが

期待されました。

しかし、11月場所では早々に優勝争いから脱落。

千秋楽では朝青龍に勝てば綱取りの可能性も、

と言われ、実際に勝ちましたが横綱昇進とは

なりませんでした。

その後は怪我を押しても出場する姿勢が

アダとなったのか、怪我が多くなり、

魁皇は休場やギリギリでの勝ち越しを繰り返し

角番大関となることも多かったです。

2011年の引退まで大関を張り続け、

2011年には通算勝星は史上最多の1047勝。

この1047勝目が最期の勝利となりました。

恐らく、この記録を見たがっている

お客さんのために気力を絞って、体にムチを

打ち続けて相撲を続けていたのでしょう。

遂に綱取りの夢は叶いませんでした。

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魁皇と稀勢の里の差は?横綱昇進のルール?

2017年に横綱昇進をした稀勢の里。

それまで優勝は2017年の1月場所の

1回のみでした。対して魁皇は5回の優勝。

横綱昇進の基準は

品格・力量抜群で2場所連続優勝またはそれに準ずる成績

と言われています。二羽黒以降の横綱は全て2場所連続で

優勝して昇進してきました。

魁皇は優勝・準優勝と続いた場はあったのに

横綱昇進は出来ませんでした。

対して稀勢の里は2016年最多勝、その次の年の

1月場所に優勝し綱取りとなりました。

個人的な意見ですが、これらは前後の横綱や

時代背景も大きいでしょう。

魁皇が強かった時期、日本人横綱が不在と

なったものの、それまで続いていたので次も

出て来るだろうと思われていました。

また、当時横綱は圧倒的に強かったです。

その強さに至らずと判断されたのでしょう。

相撲人気の低迷、長すぎる日本人横綱の不在、

これらが稀勢の里を押し上げたのは想像に

難くありません。

ただ、稀勢の里が素晴らしいのは、

しっかりと綱取り前後で優勝したことです。

特に3月場所は不甲斐ない成績であったら

ボロカス言われたことでしょう。

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横綱になれなかった魁皇の思い

稀勢の里の横綱昇進を魁皇さんはどんな思いで

見ていたのでしょうか。

魁皇さんは以前、

「横綱昇進をしていたら最多勝記録は

打ち立てられなかっただろうし、横綱昇進に

必要な結果が出せなかったのは自分だ」

と、語っていました。

あくまで謙虚、あくまで相撲好き。

今は稀勢の里のことよりも、自分の

弟子を育てることに必死なのでしょう。

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まとめ

稀勢の里と魁皇。

力はあっても横綱になれなかった者と

横綱になれた者。

その差は何だったのでしょうか。

「運」というのは酷ですが、

時代などを含めた総合的な

運だったと思います。

魁皇(現浅香山親方)は自分が叶えられなかった

綱取りの夢を弟子に託し、

日々稽古を付けているのでしょう。

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