岩本光弘のWikiや現在は?結婚(妻子)やヨット事故原因は?経歴や指針術、トライアスロンも気になる!

こんにちは、ぽこぱぱです。

ハンディキャップを背負いながらも

活躍している人は応援したく

なりますよね。

かつて全盲というハンデを負いながら

ヨットで太平洋横断を試み、

半ばで事故のため救助された

岩本光弘さんを覚えていますか?

あの事件(事故)はなぜ起きたのか、

今岩本さんはどうしているのかなど

調べてみました。

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岩本光弘(いわもとみつひろ)の経歴・プロフィール

  • 名前:岩本光弘(いわもと みつひろ)
  • 生年月日:1966年
  • 出身:熊本県
  • 学歴:筑波大学理療科教員養成施設、サンフランシスコ州立大学
  • 資格
    • あん摩マッサージ師
    • はり師
    • きゅう師
    • 鍼灸教員免許
    • アマチュア無線技士一級免許

岩本さんは先天性の弱視を持っており、

13歳のとき視力を失いはじめ、

16歳には全盲になってしまいます。

失意で橋の上から飛び降りようとするも断念。

その後は「死ぬ前にやるべきことをやろう」と

思い直し、岩本さんの「挑戦人生」が始まりました。

22歳で単身アメリカに留学しました。

健常者でもためらうことも挑戦する姿勢は

素晴らしいですね。

帰国し筑波大学を卒業した後は25歳で針灸教員に。

その後は日本で知りあった米国人の妻カレンさんと

30歳の時に結婚。2人の間には娘リナさんがいます。

結婚後、岩本さんは妻のカレンさんの誘いで

ヨットをはじめ、セーリングに

夢中になっていきました。

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「ブラインドセーリング」プロジェクトで太平洋横断に挑戦

岩本さんが一躍有名になり、

大バッシングを受けることとなったのが

「ブラインドセーリング」プロジェクトです。

これは、ニュースキャスターの辛坊治郎さんと

岩本さんがヨットで航海するというもので、

大阪からアメリカ西海岸のサンディエゴまで

約9500kmを55日かけて航行する予定でした。

マッコウクジラとぶつかりヨットが浸水!救助へ!

21日早朝、船体下部から突き上げるような音を

岩本さんは三度耳にしたそうです。

異変を感じた岩本さんは船体の床板を剥がして

手をさしこんだところ、海水の感覚がありました。

慌てて海水を掻き出そうとするも水位は

どんどん上昇し、数分の間にくるぶしまで

水浸しになってしまいました。

2人は船体放棄を選択。救命ボートに乗り、

11時間大海原を漂流し、18時過ぎに

海上自衛隊の飛行艇によって救出されました。

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岩本光弘と辛坊治郎を待っていたバッシングの嵐

救助後に待っていたのは強烈なバッシングでした。

  • 無謀な挑戦
  • 税金のムダ使い
  • 目が見えないくせに
  • 日テレと辛坊は全盲者を利用した

などとヘイトスピーチとも言えるような

バッシングは苛烈を極めました。

岩本さんと言うよりは、当時キャスターとして

歯に衣着せぬキャラクターであった

辛坊氏によるものが大きかったと思います。

また、自己責任論が取り上げられた時期と

重なったのも不運でした。

「太平洋横断なんて夢を見なければよかった」

岩本さんはそう思いました。

ですが、アメリカでは挑戦そのものが

賞賛されていることを知った岩本さんは

改めて挑戦する意欲が湧いたとのことです。

どこまでもポジティブになれるメンタルは

凄いですね。

岩本光弘の現在は?

岩本さんは現在カリフォルニア州サンディエゴで

妻と娘と共に暮らしており、

仕事面では指針術クリニックを経営しています。

指針術とは針を使わず指を使って

針のようにツボを付いて治療するもの。

またセミナー講師、ライフコーチとしても

日米で現在活躍中です。

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様々な挑戦は今も続いており、2016年には

トライアスロン ハーフアイアンマン完走。

フルのトライアスロン完走の夢もありますし

ヨットでの太平洋横断も諦めていません。

あくまで前向き、あくまで挑戦。

それが岩本さんの有り様なんですね。

まとめ

全盲の挑戦者、岩本光弘について、

人となりや彼を一躍有名にした

ヨットでの太平洋横断中の事故などに

ついてまとめてみました。

挑戦に次ぐ挑戦。

きっと岩本さんが挑戦をやめることは

ないでしょう。

この尽きることのないチャレンジ精神。

我々も学ぶべきですね。

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