アドルフクスマウルが内視鏡を大道芸人に初めて使った?宇治達郎・杉浦睦夫・田坂定孝が胃カメラに貢献!

こんにちは、ぽこぱぱです。

そろそろ人間ドックに行かなければ

いけない年齢になってきました。

気持ちはまだまだ20代なんですけどね。

体はどんどん衰えてます(笑)

人間ドックでは胃カメラを飲まなきゃ

いけないのか-、と思うと今から

気が重くなります。ウエってなりそう。。

さて、今回ご紹介するのは世界で初めて

内視鏡を人間に使用した方と、

その後日本で胃カメラを作った方々です。

この人達のお陰で助かっている人も

多いハズ!一体どんな方々なのでしょう?

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アドルフ・クスマウルとは?経歴・プロフィール

  • 名前:アドルフ・クスマウル(Adolf/ph Kussmaul)
  • 生年月日:1822年2月22日
  • 出身:ドイツ・グラーベン
  • 職業:医師

ハイデルベルクで医学を学び、

ヴュルツブルク大学で医学博士を取得、

1857年にはハイデルベルク大学教授になり、

その後はエルランゲン大学内科部長、

フライブルク大学内科部長、

ストラスブルク大学内科部長と大学病院で

医師をしていました。

クスマウルは地球上ではじめて生きた人間の

胃の中を観察した医師としても有名です。

また、1866年には結節性動脈周囲炎

(現在の結節性多発動脈炎)を発見しました。

1874年には、糖尿病性患者特有の呼吸を

発見し、クスマウル呼吸と命名。

大脳の言語回路についても考察し、

クスマウル脈の命名者でもあります。

どうやら医学がどんどん発達した時代に

新たな発見を色々とした医師のようですね。

恐らく患者を観る方の診療をする医師

というよりは研究を主に行う研究の

方の医師の方のようです。

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世界初の胃の観察は大道芸人

前段で書きましたが、クスマウル医師は

世界で初めて生きている人間の胃を観察しました。

観察には「硬性胃鏡」という長さ47cm、

直径13mmの金属製の管を使用しました。

現代のようにファイバーなどはなく、

中国人の剣を飲み込む大道芸人(呑剣士)に

胃鏡を飲み込んでもらい観察をしたそうです。

大道芸人もよく引き受けましたね。

確かに剣を飲む大道芸をやっていれば、

食道をまっすぐに保ち、広げる訓練を

行っているので、出来なくは無さそうですが、

直径13mmの金属の管を入れっぱなし。。。

想像しただけでウエッとなります。

胃の中は人体なので観察は困難です。

現代であればLEDを使いますが、

当時クスマウルはろうそくの光で

胃の中を照らしたとのことです。

恐ろしや恐ろしや。

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胃カメラを日本人が開発!貢献者は宇治達郎と田坂定孝!

その後ルドルフ・シンドラーによって

多くの鏡を使って光学系を構成した

胃カメラの原型のようなもので

胃の観察が行われました。

現在の胃カメラのように開発したのは日本人です。

1950年に東京大学医学部附属病院分院の

宇治達郎とオリンパスの杉浦睦夫、深海正治が、

極小のカメラと光電球を軟性管取り付けた

「ガストロカメラGT-I」を完成させました。

現在の「胃カメラ」と同様の構造ですね。

その後、宇治医師は父親の病院を継ぐために

研究を中断、その後の研究は東大病院分院の

城所仂と今井光之助や、東大病院本院の

田坂定孝と崎田隆夫達に引き継がれ、

胃カメラの「改良・普及」が行われました。

その後、光ファイバーや小型CCD、

ビデオの導入によりリアルタイムで胃内を

観察できるように改善されていき、

現代の胃カメラのようになっていきました。

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まとめ

初めて人間の胃を見た人はドイツの

アドルフ・クスマウルという医師でした。

かなり原始的なやり方でしたが、

画期的な観察だったのでしょう。

内視鏡は体にメスをいれること無く

体内を観察できるので、負担を

減らせられるということで、

戦後の発明・イノベーションの

代表格の1つでもあります。

それに日本人が貢献していた

というのはなんとも誇らしいですね。

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